地震保険は、正直「いらない」と思っていた。
合理で考えれば、得をしない保険だ。
でも、60代の俺は続けると決めた。
合理だけでは決められない理由が、3つあった。
火災は納得、地震は別の話だった
ChatGPTに保険証券を見せて、火災保険は「いい契約」と分かった(詳しくは別記事に書いた)。
では地震保険はどうか。
これは火災保険とは別に、もう一度考え直す必要があった。
地震保険は、期待値だけ見れば得をする保険ではない。
多くの人は保険料を払い続けて終わる。
合理だけで判断すれば、「不要」という結論も成り立つ。
基本は「貯金で賄えるものに保険はかけない」
俺の保険の考え方はシンプルだ。
貯金で賄える損失には、基本的に保険はかけない。
これは、『お金の大学』の著者・両学長がよく言う考え方でもある。
俺はこの線引きに納得していた。
家財は買い直せる。
がん保険はやめた。
車両保険もやめた。
「保険は人生が台無しになることだけにかける」
その線で整理してきた。
だが、家そのものを失ったら——
その損失は、貯金だけで軽く受け止められる規模ではない。
数千万円の話になる。
自分の立ち位置を確かめた
ここで、自分の位置をもう一度見直した。
大きな家は、もう建てない。
家財は自分の資金で復旧できる。
老後の設計も、おおよそ見えている。
それでも、住む場所が一度に崩れたら、その瞬間の俺はどうなる。
そこまで考えた。
合理だけで見れば、地震保険は不要かもしれない。
それでも俺はやめない選択をした。
理由1:東日本大震災で見た現実
東日本大震災のとき、うちは揺れたが被害はなかった。
だがテレビで見た光景は忘れられない。
家が流される。家が潰れる。
何十年もかけてローンを払った家が、数分で消える。
あのとき、地震保険に入っていた人と入っていなかった人で、再建のスピードが全然違ったという話を聞いた。
保険金で仮住まいを確保できた人。
何もなくて避難所から動けなかった人。
その差を思うと、年間2万円は「高い」と言い切れなかった。
理由2:能登半島地震、「うちは大丈夫」は通用しない
能登半島地震のニュースを見たとき、同じことを感じた。
日本に住んでいる以上、地震は他人事ではない。
「うちは大丈夫」という根拠はどこにもない。
調べたら、火災保険の契約に地震保険を付帯している割合は、
2015年の60.2%から、2024年には70.4%に増えていた。
10年で10ポイント上昇。
「必要だ」と判断する人が、年々増えているのが現実だ。
理由3:妻の一言が、迷いを断ち切った
妻と相談した。
「地震保険、どうする?」
「続けた方がいいんじゃない。何かあったとき、お金がないのが一番困る」
妻の意見はシンプルで、的を射ていた。
合理で迷っていた俺が、少し恥ずかしくなった。
頭の中で「期待値」「保険料」と計算していたが、
本当に大事なのは「もしものとき、自分が崩れないか」だった。
うちの場合:木造・年2万円・月1,700円
うちの地震保険は、木造で年間約2万円。
5年一括だと少し安くなる。
月で割ると約1,700円。缶コーヒー3本分だ。
「ぼったくり」と感じる金額ではない。
「人生が崩れたときの最後の杭」と思えば、納得できる金額だった。
建物2,000万円・地震保険1,000万円の契約で、
全損なら1,000万円、一部損なら50万円が支払われる仕組みになっている。
全額は出ない。
でも、「生活再建のための最初のお金」としては大きい。
得をするためではない、崩れないために残す
地震保険は、得をするための保険ではない。
全壊する確率も高くはない。
多くの場合、何も起きずに終わるだろう。
それでも——。
もし本当に家を失ったとき、
住む場所も、選択肢も、一度に崩れたとき、
そのときの俺が崩れないかどうかまで考えた。
地震保険は、合理だけで決めるものではなかった。
俺は、得をするからではなく、
「もしものとき、自分が崩れないため」に残すと決めた。
保険は「立っていられる余白」を残す道具
火災保険も自動車保険も、合理で判断できた。
でも、地震保険だけは違った。
保険とは、安心を買うものではない。
人生が揺らいだとき、それでも立っていられる「余白」を残すための道具なのだ。
俺は、自分の立ち位置で考え、地震保険を続けると決めた。
参考:火災保険の一括見積もりで地震保険も比較できる
地震保険は単体では契約できない。
火災保険とセットでしか入れない仕組みだ。
つまり、地震保険を見直すなら、火災保険も一緒に見ることになる。
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